団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

お食い初めに呼ばれなかった事に妻が不満

 次女夫婦から“お食い初め”を行いました、とのメールが妻のところに届きました。

 

 お食い初めは生後100日を記念して行われる行事です、平安時代頃から行われている伝統的な行事で、一生食べることに困らないように、と赤ちゃんの健やかな成長を願うものです。

 

 妻の中での常識からいうと、お食い初めには親を呼ぶものだという認識があるようです。

 

 しかし夫さんは日曜日しか休みがなく、しかも遅ればせながらの結婚式の準備で、このところ毎週時間をとられているようで、そのような段取りをする余裕もなかったのでしょう。

 

 私は「余計なことは言わない方が良い」と妻にはくぎを刺しておいたのですが、妻はお食い初めの行事に自分も参加したかったようです。

 しかし何かにかこつけては、妻は毎週のように押しかけているのですから、次女夫婦としては、これ以上、気を使わせたくないという配慮もあったような気がします。

 

 妻のみならず長女も甥っ子の顔が見たくて、何かと連絡をしてくるようです。

 

 私も先日会ったときに、抱っこをしてみて、ずっしりと体重が重くなっていることにビックリしました。

 

 表情も豊かになってきて、名前を呼ぶとにっこりとほほ笑んでくれます。

 

 母乳やミルクもしっかり飲んでいるようで、顔がまるまるとしていて、まるでお相撲さんのようだね、と妻と話しています。

 

 寝返りをうつようになって、体を自分で動かせるようになると、少しスリムになるのかもしれません。

 

 赤ちゃんの行事と並行して、結婚式の準備の一環で、私もモーニング衣装の衣装合わせに行かなければならないことになっています。

 

 妻は洋服の方がいいようなのですが、夫さんのお母さんが着物と決めているようですから、それに準じなければならないと思っているようです。

 

 次女夫婦は夫さんが休みが少ない中、精一杯行うべき事をやろうとしているのですから、妻にはあまり口出しをしない方がよいと再度釘をさしました。

 

 

 

何も持たなければ、気が楽になる?

 時おり江戸時代の長屋暮らしをしている人々を題材にした小説を読むことがあります。

 

 落語に出てくる「ハッつぁん、クマさん」の世界で繰り広げられるようなドタバタ劇は、布団に入ってから眠りにつくまでの、ゆったりと心落ち着かせる時間をもたらしてくれます。

 

 火事と喧嘩は江戸の華というように、木造作りの家屋が立ち並ぶ街では、頻繁に火事が起きていたようです。

 

 武家屋敷はともかく、九尺二間の長屋では最低限暮らすだけのモノしか置いていませんでしたから、火事が起きれば身一つで非難することができます。

 

 宵越しの金を持たずに、金がなくなれば稼げばよいといった町民がたくさんいたようです。

 

 モノを持たなければ気楽な生活を送れるのでしょうか。

            Jorg Vieliさんによるpixabayからの画像

 

 金やモノをため込むと、何かと心配事が増えて、安穏とした生活を送れなくなるのかもしれません。

 

 最近、広域強盗事件が問題になっていますが、彼らは資産をもった裕福なお年寄りを狙い撃ちにして、犯罪を繰り返しています。

 

 人生50年の江戸時代とは違って、長寿社会に身を置く私たちは、長い老後の不安が付きまといます。

 

 取られるものなど何もない長屋暮らしの江戸の町民は、助け合いながら、貧しいながらも楽しい生活を送っていたのでしょう。

 

 すべて金で解決しようとする現代では、金がないことが即不幸に繋がるといった短絡的な思考に走りがちで、卑劣な犯罪に手を染める若者を排出してしまいがちなのかもしれません。

 

 わずかな年金で生活している身としては、激しい物価高に翻弄されながらも、これまでの支出の一つ一つを見直して、使わなくても良いものを洗い出す良いチャンスだと思えば、心も落ち着きます。

 

 

衰退する町に子供の声を取り戻す

 実家に行った時に、朝はやく近くを散歩することがよくあります。

 

 観光地なので、ホテルや旅館は営業していて、それなりに活気はあるのですが、それ以外は、高齢者ばかりが住んでいる“限界集落”のようなところです。

 

 近所の人が亡くなって、そのまま家が残っているところがあれば、亡くなってから10年以上が経ち、家が取り壊されて更地になったあとに雑草が生い茂っている箇所もあります。

 

 以前は、「売地」「売家」の看板をよく見かけましたが、諦めたのか最近はそれらの看板も撤去されているところが多くなりました。

 

 私の小さい頃は、この辺にたくさんの家が建っていて、大勢の子供がおり、町も観光客があふれていて活気がありました。

 

 旅館の数もいまの5倍以上はありましたから、観光に従事する人達がたくさん居を構えていたのです。

 

 しかしいま街を歩いていても、子どもの姿を見かけることは、ほとんどありません。

 

 温泉地ですから将来も一定の人達が住むのでしょうが、現在のホテルや旅館は合理化が進み、そこで働く従業員も近くの地域から車で通勤するケースが増えているとききます。

 

 高齢世帯の多いこの地域は、今後ますます空き家が増えていくことでしょう。

 このような限界集落的な地域は、全国にたくさんありますが、地方自治体によっては、若い人を呼び込むための様々な工夫をしているところがあります。

 

 空き家を町が買い取り、新たに移住する若い世帯に安く貸したり、子どもの学費を免除したりするなどの試みも行われています。

 

 国は本腰を入れて“少子化対策”に取り組むなどと宣言していますが、自然豊かな地で子育てをしようとする若い世帯に、働く場の提供や子育てをする環境を整えるなど、きめ細かい施策を講じる必要があります。

 

 リモートワークの普及などで“場所を選ばず働ける環境”をさらに進化させて、特色ある地域を作り上げてもらいたいものです。

 

 各地方自治体も地域の特色を生かして、本腰を入れて子育て世代が住みやすい施策を考えて欲しいと願っています。

 

 自然豊かな環境の地に、子どもの声を取り戻そう。

 

 

納豆が最後の砦

 2月に入り、これまでの値上げに追い打ちをかけるように、食品や身の回りの商品が相次いで値上げされています。

 

 我が家も生活防衛のため、買い物に行く回数を減らしたり、買い物に行った際には必要なもの以外には手を出さないなどの努力をしています。

 

 値の張る食材の購入を控え、食を支えてくれたものの中心に卵と納豆がありました。

 

 しかし、ここにきて卵の値段が急騰しています。

 

 鳥インフルエンザの蔓延などの影響もあって、供給力が極端に細っているようです。

 

卵の価格高騰は世界的に広がっていて、なかでも米国はかなりの高騰ぶりで、インフレーションをもじって“エッグフレーション”などと呼ばれているようです。

 

 先日、週一で“野菜の日”を設けているスーパーに買い物に行きました。

 

野菜の他に卵も安くなっている日なので、卵コーナーに向かうと、いつもの値段より大幅に高い値札が貼ってあり愕然としました。

 

 次に、恐る恐る納豆のコーナーに行ってみると、種類によっては若干値段があがっているものの、卵ほどは上がっていないようです。

 

 ほっと安堵して納豆を買い物かごに入れます。

 

 しばらくは、納豆で食いつないでいくしかありません。

 ところで納豆についてくるカラシですが、私は当たり前のように、必ずタレと一緒にカラシもいれているのですが、カラシを入れずに食べている人が半数近くいることを先日知りました。

 

全国納豆協同組合連合会が2021年に2000人を対象に実施したインターネットでのアンケート調査によりますと、「納豆を食べるとき入れているもの」という設問(複数回答可)に対し、「カラシ」と答えたのは52.5%でした。

 

 九州地方では7割近くが使用していないという結果が出ています。

 

 同連合会は、九州は醤油が甘口のためタレも甘口が多く、カラシが好まれないのではないかと分析しています。

 

 そもそも納豆にカラシを入れる大きな目的は、きつい臭いを打ち消すことでした。

 

 そのルーツは納豆が庶民の食べ物として定着した江戸時代まで遡ります。

 

 当時から貴重なたんぱく源として重宝されましたが、納豆菌の発行管理は難しく、主に気温の低い冬場に作られていました。

 

 冷凍保存の手段が乏しく、再発酵によってアンモニア臭が発生することが大きな問題でした。

 

 その臭いを抑えるために用いられたのがカラシだったのです。

 

 近年になり、冷蔵保存技術や物流網の発達によって、臭いの問題も軽減され、カラシの役割は風味付けに比重が移っていきました。

 

 最近では、たまご醤油味などカラシ不要の商品も出てきています。

 

 将来、納豆とカラシの関係も変化していくのかもしれません。

 

 物価高騰の嵐は当分吹き荒れるでしょうから、納豆を上手に食べながら耐え忍ぶしかありません。

 

 そんな矢先、今朝のニュースで納豆が2割ほど値上がりすると発表されたようです。トホホ、納豆よお前もか!

 

 

非正規公務員の待遇改善は実現できるのか

 物価高騰の現状を踏まえ、また日本再生の決めてと位置付け、政府や労使は「賃金の上昇」に向かって機運を盛り上げようとしています。

 

 民間の賃金が上がれば、人事院の勧告を受けて公務員の給与も上昇することでしょう。

 

 しかし以前から問題になっている非正規公務員(いやな言葉ではありますが)にまで、その恩恵は浸透するのでしょうか。

 

 非正規公務員は、自治体の財政難の影響で正規職員が減少傾向にある中、行政に求められる役割の多様化もあって増加してきました。

 

 人件費を抑制したい自治体の思惑もあり、増加の一途を辿っていまや4人に1人が非正規公務員という現状です。

                          Joschさんによるpixabayからの画像

 

 非正規公務員の待遇改善を図るために、2020年には「会計年度任用職員制度」が導入されました。

 

 しかし雇用期間は年度ごとの更新で、「公募なしの再任用は2回まで」とする自治体が多いのが現実です。

 

制度創設から3年目を迎え、今年度末には再任用の上限回数に達した多くの会計年度任用職員が公募選抜試験を受けることになるとみられ、採用されなければ、事実上の「雇い止め」にあう人が続出する恐れが出ているといわれています。

 

 立教大の上林陽治特任教授(労働社会学)によると、自治体が担う相談業務が増えていることも非正規公務員の増加につながっているといいます。

 

 例えば、自殺対策や児童虐待、生活困窮者支援といった相談窓口の設置が自治体に求められるようになったが、正規職員を配置する余裕がなく、非正規の相談員で対応するケースが多くなっています。

 

上林特任教授は、「公共サービスの重要な担い手が、低賃金で不安定な状況のままでは、自治体の住民サービスにも影響が出かねない。公務員制度の抜本的な見直しが必要だ」と話しています。

 

 自治体は住民の生活を支える役割を担っています。

 

 自治体で働く非正規公務員の生活についても、同じように考えるべきではないでしょうか。

 

 

勤勉は美徳?

「日本人は勤勉だ」というのが海外から見た日本人評です。

 

 “勤勉は美徳”と思っている日本人は、年配世代を中心に少なくないと思います。

 

 コロナ禍が続く中で、エッセンシャルワーカーと呼ばれる職種の方々の活躍が称賛されています。

 

 そんな中、昨年暮れの12月29日、東京・昭島市で救急車の単独事故が発生しました。患者の搬送後、消防署に戻る途中で中央分離帯に衝突し、横転。救急隊員3人が軽いけがをしました。

 

 車内のドライブレコーダーには、運転席と助手席の隊員2人が居眠りする姿が映っていたほか、後ろの座席の隊員も眠っていたといいます。

 

 17時間休みなしの勤務の果ての横転事故でした。

 

 感染の拡大が起こるたびに、救急隊員にしわ寄せが集中してしまっているのです。

                 Bessiさんによるpixabayからの画像

 

 日本では、現場の良心的な職員の頑張りで社会を維持するという悪習が横行しているような気がします。

 

 それを許したのは“日本人の勤勉性”にあったのでしょうか。

 

 たとえばフランス人だったら、このような事態になったら、勤務を拒否し、ストライキのような行動にでるのではないでしょうか(笑)。

 

 かつての日本は、敗戦による焼け跡の状態から、高度成長を成し遂げて、世界を驚かすようなパフォーマンスを遂げることができました。

 

 成長の根底には日本人の勤勉性があると、多くの専門家から言われた時期もあります。

 

 そのような成功体験から抜け出せないまま、今の日本の仕組みが出来上がっているように思います。

 

 ただひたすら頑張るのではなく、ときに立ち止まって「このままでいいのか」と考えることも、大事なことなのではないでしょうか。

 

 

今回も優秀な人材が辞めていく

 私が非常勤で関わっている職場で、年が明けてから職場のマネージャーに、一昨年から勤務している若手の男性職員から3月いっぱいで退職したいと申し出があった旨の報告を受けました。

 

 彼は母親との二人暮らしをしていますが、母も高齢になり、将来のことを考えるともう少し給料の高い仕事に就きたいと漏らしたそうです。

 

 自治体の委託を受け、就労を目指す若者からの相談にのる仕事に、やりがいを持って奮闘してくれていただけに残念に思いました。

 

 彼のように若い人達への支援に興味・関心を持って、この仕事に就いてくれる人は、これまでも沢山いたのですが、“報酬の壁”が立ちふさがり、何年かすると辞めてしまうことのくり返しでした。

         Jill Wellingtonさんによるpixabayからの画像

 

 NPO法人として、社会的に意義のある活動を行っているのですが、公共セクターの限られた予算をもらい運営しているだけに、職員に分配される報酬にはどうしても限界があるのです。

 

 昨年から今年にかけて、様々な商品の値上げラッシュが続いているだけに、賃金がほとんど上がらない仕事に就いていることに不安を感じる人は、彼だけではないに違いありません。

 

 折しも、ユニクロを展開するファーストリテイリングが、年収を最大で4割アップするというニュースが飛び込んできました。

 

 ユニクロだけでなく、大企業で構成される経団連などの財界メンバー企業も、社員の賃金水準を引き上げることに、大きな関心を示しています。

 

 優秀な人材を獲得するためには、国際的に見ても賃金水準の低い状況のままでは立ち行かないとの認識が定着しつつあるようです。

 

 しかし我が職場のみならず、多くの中小企業では、賃上げしたくてもままならないのが現実なのです。

 

 これから契約期間が終わる3月までに、他の職場からも何人もの退職希望者が出てくることが予想されます。

 

 少ない報酬でも、やり甲斐を見出し、めげずに奮闘する若い方々を、これまでも沢山見てきました。

 

 社会を変えていこうとする彼らの熱意と行動をバックアップする、国や地方自治体の支援のレベルアップを、強く望んでいます。

 

支援に奮闘する人達に、もっと支援を!