団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

マスクをして高温多湿な日本の夏を乗り切れる?

 今日も30度を超える気温になるとの予報です。

 

町を歩いていても、マスクを外して歩いている人が、増えてきました。

 

暑い日にマスクをつけてしばらく外を歩いていると、鼻の下から口のまわりにかけて、じっとりと汗ばんでしまいます。

 

今年の夏は平年以上の暑さになるようですから、先がおもいやられます。

 

まわりに誰もいないところではマスクを外すようにとのことなのですが、これが意外と難しいのです。

 

昨日も用事で玄関を出たら、近所の奥さんとばったり会いましたが、その奥さんは、慌ててマスクをとりだし、付けはじめました😊。

 

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       Peter DargatzさんによるPixabayからの画像

 

外に出ると、誰もいない空間は意外と少なく、面倒なのでマスクを付けたままで行動してしまいます。

 

 しかし一日中外にいて、マスクを付けっ放しというわけではないので、家に帰ればマスクをはずし、ホッとできます。

 

 炎天下に外での作業をせざるをえない職業の人たちは、マスクをつけたままだと熱中症になるリスクが高まりますから、作業管理者は細心の注意が必要です。

 

 建築現場で働く人たちはマスクをはずして作業していますが、宅急便の配送作業員の人たちなどは、配達先で荷物を渡す際に、お客さんと密な距離にならざるを得ないですから、マスクをつける必要があります。

 

 配達のため車を一時停車すると、荷物を以て一目散に走り出す姿をみていると、「大変だな」と思わず心配してしまいます。

 

 高温多湿の夏を迎え、新型コロナウィルスの活動は鈍ってくるのかと思いきや、ここにきて再び感染者が増えてきています。

 

 なんともやっかいなウィルスだなと改めて思ってしまいます。

 

 夜の街や昼カラオケなどで感染者が出ているのをみると、密を避け、人前で大声を出すことが確実に感染リスクを高めていることがわかりますから、やはり必要に応じてマスクをつけることは、大事なことだと実感できます。

 

 夏用マスク、冷感マスクなど暑さ対策の工夫がなされたマスクも出回ってきていますが、さらに夏を乗り切る画期的なマスクが開発されることを願うばかりです。

 

 

 

 

 

コロナウィルスが人間の長寿を否定する?

 海外ではまだまだ新型コロナウィルスによる感染拡大が続いています。

 

 日本でも東京都をはじめとして、都市部では再び感染者が増えつつあり、予断を許さない状況になろうとしています。

 

 ついこの間まで、人生100年時代などといわれ、あたかも自分も100歳まで生きられるかのような未来像を描いていました。

 

 しかし、この春からの新型コロナウィルスの感染拡大により、これまでの老後の枠組みが突き崩されようとしている予感がします。

 

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     Larisa KoshkinaさんによるPixabayからの画像

 

 手洗い、うがいやマスクの着用は、従来の流行性感冒への対策と違いはありません。

 

 しかし人と話す際は、2メートルの間隔をあけるようにとか、複数の人が集まる場所では、密集・密閉・密接を避けるようにとかというのは、これまで経験したことのない対策です。

 

 これは人間同士が人間らしく触れ合うことを禁じる、いささか非人間的な指示および呼びかけです。

 

 遠距離・プラトニック恋愛ででもなければ、人と人との恋愛関係など認められない将来が待っているのでしょうか。

 

 またワクチンの開発によって、ウィルスを抑え込めるとの期待の声はありますが、一方でこのコロナウィルスはなくなることはなく、共存する道を探るべきだとの声が持ち上げっています。

 

 新しい生活様式などといわれ、これまでとは何かが違う生活の仕方を人類に突き付けているのです。

 

 地球の歴史の中で、この最近のわずかな時間ではありますが、自然をもコントロール下におけるかのような営みを人類は繰り返してきました。

 

しかし新型コロナウィルスの動きをみていると、人類と自然との関係におけるより深刻な対立状況が近づきつつあるのではないか、との不吉な予感を与えます。

 

 かつて恐竜が地球上から姿を消していくときの空気に似たものが、流れ出していることはないのか。

 

 まだ私たちにははっきりと意識できるものではありませんが、何か冷たい予感のようなものが蠢いている気がしないでもありません。

 

 もしかすると人生100年時代などと、のんきなことを言っている場合ではなく、高齢者には苦難の道が待ち構えているのかもしれません。

 

 

 

 

嫌われることは恐いことなのか

 アメリカプロ野球大リーグで偉大な足跡を残したイチローさんは、昔なりたかった職業は、学校の先生だったそうです。

 

 いまイチローさんが教壇にたって、幅広い年代の人たちの悩みにこたえる「教えてイチロー先生」という企画が話題になっています。。

 

 その授業のなかで、若い男性が「イチロー先生は、他人から嫌われるのは怖くないですか?」という質問をぶつけます。

 

 すると「僕は人から嫌われるのは大好きです」とイチロー先生が答えて、生徒側から驚きの声があがります。

 

 続けて答えます「その人たちが僕を嫌っているということは、その人達の僕に対しぶつけるエネルギーが半端ないでしょ」

 

「興味がないことが、僕にとっては一番つらい、無関心というのももっとつらい」

 

「だから、大嫌いと言われたらゾクゾクします」

 

 このやりとりをみて、自分を厳しく磨き上げてきたイチロー先生ならではの答えだと考えさせられました。

 

 私のような年齢になれば、もはや人に嫌われていようがいまいが、そんなことには関心がなく、どうでもよいとおもってしまうのですが…😊。

 

しかし質問をした若い男性のように、嫌われているかどうかということに、過度に敏感になってしまう日本人は多いのだろうと思います。

 

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   CouleurさんによるPixabayからの画像

 

 もう30年以上も前ですが、「まる文字」という言葉が話題になりました。

 

 当時の若者は、角のない丸いやさしい文字を書く傾向があったのです。

 

 これは今でもその傾向があるようなのですが…。

 

 当時ある文化人類学者が、丸文字を書くのは、「誰にも嫌われたくない」という気持ちが、この丸文字に表れているといったのを記憶しています。

 

「角をたてたくない」という気持ちが、書く文字に表れるということなのでしょうか。

 

 嫌われず、好きになってもらいたいのは誰もが願望することかもしれません。

 

 第61代から63代の3期にわたって内閣総理大臣を務め、1974年にノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作氏は、その鉄面皮の顔つきから近寄りがたい存在と思われているのを気にしていたらしく、晩年の総理時代に「私も栄ちゃんと呼ばれたい」とマスコミに漏らしたことは有名な話です。

 

 今回の自粛の期間中に、星野源のステイホーム動画に、家で寛いでいる動画を投稿したのはよいのですが、評判は冷ややかだったようです。

 

 権力を握った宰相であっても、好かれたいという本音が時折垣間見えてきます。

 

 心理学者のアドラーは、「人から嫌われたとしても、それは自分ではコントロールできないことなのだから、あるがままに認めましょう」といっています。

 

みんなに好かれている、というのは幻想です。

 

同じように、みんなから嫌われているというのも妄想にすぎません。

 

だから、好かれることに執着しなくても大丈夫です。

 

自分に好意を持ってくれる人もいれば、嫌う人もいるというだけのことなのです。

 

 冒頭で例に挙げたイチローさんのように、一つの道を究めていくことのできる人たちは、人に好かれる・嫌われるという物差しには関心がない人が多いのかもしれません。

 

 

 

日本の観光業はどこへいく

【インバウンド需要に頼っていた観光業の危機】

 

 昨年北海道を訪れた際に、行く先々で中国人の観光ツアー客に出会し、食事をするにも風呂に入るにも、中国語が飛び交う間を掻い潜ってでしたので、中国人客の泊まっていない宿に泊まった時には、思わずホッとしたものでした。

 

 しかし翌日北海道に住むツアーガイドさんと話をしていたら、「このあたりの中小の宿泊施設は、バブル後、リーマンショック後に宿泊客の激減で瀕死の状態だったのが、ここにきてのインバウンド需要で何とか持ち直しているんですよ」と外国人観光客がたくさん来てくれていることを有り難がっていました。

 

 コロナウィルスの感染が収束したのち、再びインバウンド客は大勢やってくるのでしょうか。

 

  団体旅行などは、密の塊のようなものですから、ある程度までそれが是正されない限り、受け入れは難しいのだろうと思います。 

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【感染対策に工夫が求められる観光業】

 これはインバウンドに限らず、国内の団体観光客とて同じことです。

 

 今後、受け入れる観光地側としても、感染の発生を防ぐため宿泊客の数を制限せざるを得なくなるでしょうから、経営を成り立たせていくためには、単価を上げるしかなくなるでしょう。

 

 これからは、日本の各観光地は以前のようなビジネスモデルで成り立たせていこうとするのではなく、地域の魅力を発信して、単価を上げても観光客が来てくれるような工夫を凝らしていく必要があります。

 

 例えば京都などはここ数年、インバウンド客で溢れかえっていて、日本人観光客が敬遠しがちだったのですが、自粛解除後、国内の予約が急増しているといいます。

 

【新しい旅のスタイルの提案】

 観光需要のなかでインバウンドはわずか15%ですから、観光地はもう一度足元を見つめなおして、インバウンド需要がなくなっても、国内観光客に来てもらえるようなビジネスモデルへと転換しなければなりません。

 

 以前、何人かの欧米から日本を訪れた観光客へのインタビューで、日本での滞在時間を訪ねていましたが、ほとんどの人が数週間から一か月、あるいはそれ以上という答えが多かったのを記憶しています。

 

 欧米では、まとまった休みを取って旅行を楽しむことが一般的で、職場も当然のこととし理解し、認めています。

 

 日本でもコロナ禍を機に、働き方改革だけでなく、休み方改革も進んでいくとすれば、一例として、一か所に長く滞在して、その土地の良さを感じようとする旅行客も増えてくるかもしれません。

 

 新しい旅のスタイルを提案していくのも観光業関係者の課題かもしれませんね😊。

 

 

 

レジ袋のない生活

【いよいよレジ袋が有料化】

 スーパーやコンビニ、ドラッグストアなどで、買ったものを包装するレジ袋がこの7月から全面有料化になるということで、私が買い物をする店のほとんどが、すでにレジ袋が有料になりました。

 

 大手スーパーは随分前から有料化されていましたから、それを受けて我が家でもエコバックを持ち歩くようになりました。

 

 しかしナマモノなどを直接エコバックに入れるのは抵抗があるので、レジを済ませた後に、包装用テーブルに備えてあるポリ袋に入れて持ち帰ります。

 

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【ゴミの分別に重宝していたレジ袋】

 これまでの我が家のレジ袋の役割は、生ごみを一旦レジ袋に入れ、ベランダのごみ箱に入れる、ペットボトルや瓶、缶、スプレー缶、乾電池などを分けて、ゴミの日までレジ袋に入れて保管する、などとゴミの保管・管理に重宝して利用していました。

 

 ゴミの日は、朝、妻が保管していたゴミの入ったレジ袋を玄関先まで運び、私が散歩に行くついでに、ゴミ収集場所まで運ぶというのが日課になっています。

 

 完全にはなくならないまでも、有料化されればエコバックの出番が、これまで以上に大幅に増えてきそうです。

 

 その分、我が家のレジ袋はかなり減りますから、ゴミの保管には工夫が必要になってきます。

 

 もらったレジ袋を使わないとなると、再生紙など紙の袋などを利用する方法が考えられますが、水分のあるゴミには向きません。

 

 したがって食品ゴミなどは、台所でこれまで以上によく水を切って、直接、自治体指定のポリ袋に入れるしかありません。

 

【不便への逆戻りも時には必要】

 そういえばレジ袋がない頃は、買い物したものをどうやって家まで運んでいたのかなと思い至りました。

 

 サザエさんの漫画の光景によく出てくるように、一昔前の家庭の主婦は、夕方の買い物に出るときには「買い物かご」を持参していきました。

 

 さらに昔、私が子供のころには、母親から買い物の手伝いを仰せつかって、鍋を持って豆腐屋さんや魚屋さんに買い物にいかされたことを思い出します。

 

 家は貧しかったので、魚屋の買い物は、刺身などという高級品ではなく、捌いた後に出る「魚のアラ」という安物で、すこし気恥ずかしかったことを思い出します😊。

 

 ビニールの袋はかなり前からあったのですが、いまのレジ袋が導入されたのは、スーパーのダイエーが大阪・三宮店で昭和49年にセルフサッカー方式(お客様自身で買い上げ品を袋にいれてもらう方式)を採用し、お客様がより便利に対応できるよう、昭和53年末頃に導入したのが始まりのようですから、意外と歴史はそう古くありません。

 

 レジ袋の利用ができなくなると、買い物から家のゴミの分別まで、しばらくの間は不便を感じるかもしれませんが、環境問題のためには、少し「不便への逆戻り」も必要なのかもしれませんね😊。

 

 

 

老人介護施設のオンライン面会

【面会できない日々が続く】

コロナウィルスの収束の見通しが立たないまま、義母が老人介護施設に入所して、3か月以上が経過してしまいました。

 

無事に過ごしているのか心配している妻は、早く面会ができないかとヤキモキしていました。

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【オンラインでの面会が可能に】

 

 先日施設から郵便物が届き、まだコロナウィルス感染の危険が収まっていないので、面会は解禁できないとのこと。

 

かわりにスカイプを使ったオンライン面会を予約制で実施しますと書いてあります。早速に妻はオンライン面会の予約をしたいと言います。

 

スカイプは、随分前に娘が海外留学をしていた時に利用して以来ですから、やり方から何からもう一度思い起こしました。

 

スマホからでもできるのですが、妻は画面が小さいので、パソコンの方がいいと言います。

 

 そこでスカイプをパソコンにダウンロードして、試験的に妻のスマホとやりとりしてみようとしました。

 

 そこで大変なことに気づきます。

 

 今年の2月に買い替えた今のパソコンには、カメラ機能が装備されていません。

 

 性能を落とさず、なるべく安いものをと思い、役所などから払い下げられたパソコンに買い替えたので、カメラ機能のような不要な装備はついていなかったのです。

 

 外付けのウェブカメラを購入すれば、スカイプはできるのでしょうが、オンライン面会の日までには、間に合いそうにありません。

 

 そこで妻は妹の家でオンライン面会をするように、妹と電話で話をしています。

 

 私にとっての義妹は、夫が海外赴任中で、定期的にスカイプで交信しているので、操作に慣れた妹のところを面会会場に決めたようです。

 

 オンライン面会を終えて帰ってきた妻に様子を聞いてみました。

 

 3か月以上も面会できずにいたので、義母はさぞかし感激したのだろうと思いきや、目の前に映し出された娘たちが話しかけても、キョトンとしているばかりで、「どうしてお前たちがそこにいるんだい?」などと、なかなか会話がかみ合わなかったそうです。

 

 固定電話以外、スマホなどの通信機器は使ったこともないのですから無理もありません。

 

 オンライン面会は月に一度と決められているようですが、入所している利用者さんのご家族のなかには、オンライン面会に戸惑っている方も多いようで、まだ利用申し込みがほとんどないようです。

 

 なので、一か月の間を置かずに利用できるかもしれないと、妻は期待を寄せています。

 

 次回は、義母も意味が分かって、もう少しかみ合った会話ができるはずと、妹と作戦を考えてきたようです。

 

 本当は実際の面会ができるのが一番良いのでしょうが…。

 

 

 

 

 

自分たちは正しいと思ってしまう脳のクセを改めよう

 今、アメリカ各地でコロンブスの銅像が相次いで破壊されているようです。

 

 黒人男性ジョージ・フロイドさんの死をきっかけに全米で人種差別批判が強まっていますが、今度は批判の矛先がアメリカ大陸を発見したクリストファー・コロンブスに向かった格好です。

 

 ここ数年は、コロンブスの米大陸到達を記念した「コロンブス・デー」の祝日をやめて、コロンブスをはじめとした欧州の探検家が先住民に与えた苦難をしのぶ「先住民の日」に置き換える自治体も増えているといいます。

 

 米国の人々が差別や虐待に対して、良識を働かせ始めた流れが秋の大統領選挙につながっていくのでしょうか。

 

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 かつての「大航海時代」といわれた時代の欧州では、ポルトガル、スペインなどを始めとして、こぞって未開の地の発掘とその地の植民地化競争に奔走しました。

 

 彼らに侵略され、支配された地では、米国で起こった差別や虐待と同様のことが行われた歴史があるはずです。

 

 例えばインドを植民地化したイギリスは、インドで産出したアヘンを中国に持ち込み、中国を骨抜きにしようとして「アヘン戦争」を起こしました。

 

 この戦争に勝利したイギリスは、1842年に南京条約を締結し、香港の割譲などの権益を得ます。

 

 百有余年経ち、1997年には香港が中国に返還されましたが、中国は「一国二制度」を唱え、返還から50年は香港で中国とは異なる政治や経済の制度を保証するとしました。

 

 しかし、その約束も心もとないものへ変わろうとしています。

 

 そしてかつて欧米列強国に痛めつけられた中国は、アフリカ諸国において同じような行為を行おうとしています。

 

 やれやれと思ってしまいます。

 

 しかしながら、我々も他国のことをとやかく言える立場にはなく、かつて蝦夷地での先住民であるアイヌの方々に対して行った「差別や虐待」は同類の行為であったことを忘れてはなりません。

 

 東大薬学部教授で脳研究者の池谷裕二さんは、『人は、自分は正しいと思い込む「脳のクセ」を持っている』といいます。

 

『人は自分を、平均よりも公正で能力があると思いがちです。いじめや差別がなくならないのは、脳には「平均以上効果」があり、多くの人が「自分を不公平な人間」とは思わないからだ』とも言っています。

 

 そういえば彼の地の「白人至上主義者」たちも、自分たち白人は他の人種よりも能力があり、不公正な人間ではないと思っているのでしょうか。

 

 米中の対立をみても、このコロナ禍の最中に、変な脳のクセを発揮して、いがみ合っている場合ではないと思うのですが…😢

 

 

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