団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

お賽銭はいくら入れればよいのか?

 

  朝の散歩のコースに神社があり、いつも立ち寄って手を合わせています。

 

  毎月1日と15日は本殿の扉が開き、大きな賽銭箱が姿を見せます。この日ばかりは貧乏人の私も幾ばくかのお賽銭を投げ入れます。


  この間は小銭入れを開けたら、小銭が百円玉しかありませんでした。神社関係者が近くで掃除をしていて、こちらを見ているので、仕方なく百円玉を放り込みました。

 

 そんなに大事な願い事があった訳でもないのに、分不相応な額のお賽銭を投げ入れてしまった気がして、しょんぼりしながら神社を後にしました😢。

 

  いつもは5円玉があれば5円玉、無い時は10円玉、それも無い時は1円玉を投げ入れています。ただ1円玉だと落ちる音が明らかに軽い音ですから、ちょっと恥ずかしい気がします。

 

   そういえば今まであまり関心がなく、調べもしなかったのですが、お賽銭っていくらが妥当なのでしょうか?縁起担ぎや語呂合わせはあるだろうくらいは予想がつきます。

 

 調べてみると基本的にいくらでもよいようですが、縁起担ぎからすると10円玉と500円玉は止めた方がいいらしいです。

 

 10円は「とおえん」とも読めるところから「遠縁=縁が遠のく」に繋がるからだといいます。

 

 500円玉はというと、「これ以上大きな硬貨(効果)がないからやめときなさい。」だそうです。最も私にとって500円のお賽銭はありえませんが…😊。

 

 大抵の場合私の小銭入れには、100円、50円、10円、5円、1円しか入っていません。


    最もよい5円(ご縁)がない場合どうしたらよいかというと、11円(いい縁)、20円(二重に縁)、25円(二重にご縁)、41円(始終いい縁)、45円(始終ご縁)がよいようです。

 

 私が毎朝立ち寄る神社は、こじんまりした小さな神社で普段は神職はいません。

 

   2,3年前に普段管理する方が変わり、造園業を営む方が新たに管理しています。

 専門家だけに、就任後は鬱蒼としていた裏の林を大胆に伐採し、日が入るようにしたうえで、枝垂桜や紫陽花の苗木をたくさん植えたり、彼岸花や水仙を植えたりして、見違えるようにきれいになりました。

 

 神社の運営はいまとても厳しいと聞いていますから、ここまで手入れをしている努力には頭が下がります。

 

 地元にとって大事な神社なのですから、いくら貧乏人といえども、あまりお賽銭をケチってはいけないのかも知れません😊。

 

山の郵便配達

「山の郵便配達」という映画があります。中国映画で1999年に公開された映画で、古い映画の中で黒澤明の「生きる」に並んで私の好きな映画です。

 

 中国の湖南省西部の厳しい山岳地帯で長い間郵便配達員を務めてきた父親が、足を悪くして24歳の息子に仕事を譲ることにします。父親の最後の郵便配達に同行し、息子は多くのことを学んでいきます。

 

 親子2人が郵便配達をする3日間を淡々と追いながら、少しずつ変化していく親子関係を静かに描いた秀作です。

 

   世代交代する親子を通して、自分の仕事に誇りを持って生きることの素晴らしさも教えてくれます。

 

 中国の山間地域ののどかな風景は、日本人が見てもどこか懐かしさを感じ、しみじみとした味わいのある映画でした😊。

 

 

   最近、私の従兄弟が「簡易郵便局」を廃業したのを聞かされました。

 

   親が特定郵便局を営んでいたのを受け継ぎ、頑張っていたのですが、2007年の郵政民営化後は、特定郵便局は廃止され「簡易郵便局」として頑張っていました。


業務の多様化や新サービスの変化への対応に苦戦していたようです。

 

 加えて従姉妹が病にかかり、業務の継続が難しいと判断したようです。
過疎化の進む地域でしたから、近所の高齢者からはかなり引き留められたといいます。

 

 地方に出向いた際、金融機関が少ないので郵便局の存在は本当に助かります。

限界集落のようなところでは、一人暮らしの高齢者の安否確認も兼ねた郵便配達員の訪問は大事な付帯的役割を担っているといいます。

 

 そうはいっても現在は民営化された一企業ですから競争にさらされています。

ヤマト運輸はネット通販などの配送量の激増に対応して、夜の配送を制限し社員の労働をケアし、さらに配送料を値上げしました。

 

 そのあおりを喰って、ゆうパックの取扱量が激増しているようです。


そのためこの9月から配達希望時間帯の拡充を行うことを発表しました。

 

 「働き方改革」が叫ばれている昨今、配送業務の拡充が労働強化につながり、自分の仕事に誇りを持って働いている配達員のやる気を削がないよう気を付けてほしいものです😢。

世界一魅力ある都市「東京」!

 

  東京は世界一魅力的な都市なんだそうです!

 

 米国の旅行関連メディア大手「コンデ・ナスト・トラベラー」が毎年発表している「世界で最も魅力的な都市ランキング(米国の都市を除く)」で東京が3年連続1位になりました。

 

 米国の富裕層向け旅行雑誌が行った読者投票ランキングといいますから、実際に日本だけでなく、世界のあちこちを訪れたことのある人(読者)が多いでしょうから、実際に自分で感じた経験に基づいたものなのでしょう。

 

 また、京都が2017年の3位から、2位へとランクアップしました。
さらに、2017年は圏外だった大阪が12位に入り、日本からは最多の3都市が選ばれたというから嬉しいやら驚きやらです😊。

 

 

米国から日本を訪れる観光客は、2017年は137万5千人と、2016年に比べ10.6%増えているといいます。

 オリンピックが開催される2020年にかけて、さらに観光客が増えていくのでしょう。

 

 外国からの観光客は旅行に出ると、一週間や10日間は当たり前で、1ヶ月くらいかけてゆっくり滞在する人が結構います。

 私のような貧乏人は、海外旅行といってもせいぜい3~4日でせわしく行ってくるのが関の山ですから、羨ましい限りです😢。

 

 一時は中国人観光客の「爆買い」が話題の中心でしたが、欧米の観光客も目立ってくるようになりました。

 

 それにしても東京を歩いていると、海外からの観光客が「こんな所にまで来るの?」といった意外なスポットを見て回っているのを目にします。

 日本人が気にも留めないで、通り過ぎてしまう所にも関心を示して写真を撮っていたりします。

 

 目立たない街中の小さな神社を訪れて丹念に見て回ったり、マンホールの蓋に興味を示し、カメラに収めたりしているのをみると、こちらの方が逆に興味を持ってしまいます😊。

 

 あるとき浅草に行ったついでに、旧吉原を散策してみました。
時代小説では頻繁に取り上げられる舞台ですが、これまで行ったことがなかったからです。

 「よし原大門」を潜って歩いていると、ここにも外国人観光客が大勢訪れていました。いやはや外国人観光客、恐るべしです😊。

 

 それにしても今年は地震・水害・台風の強風豪雨など災害列島日本と言われました。

 これからも大きな災害が度々起こることが考えられます。
日本語の分からない外国人観光客が災害時にパニックに陥らないよう国を挙げて対策を考えていかないと、「クールジャパン」などと言われて喜んでいる場合じゃないのかも知れません😊。

 

 

 

北欧では現金お断りの店が増えているらしい

 

  私のまわりでも現金を使わないで済ますことが増えてきました。

 

  現金を持たずに日常生活を送れるのは便利なのかもしれませんが、私の娘などは金がないのにクレジットカードで何でも済ませようとし、給料の大半をクレジットカード会社への支払いに充てるという恐ろしい生活を過ごしています。

 

 時折、家内が見かねてお説教するのですが平気な顔です😢。

 

 私もそうですが日本では高齢者を中心に、手元の現金でなるべく日常の支払いを済ませる生活が堅実だと考えている人が多いのではないでしょうか。

 

 最近はデビットカードという残高の範囲でカード決済ができるカードが普及していますが、我が娘などにはこのカードを持たせた方がよいのかもしれません😊。

 

 

  ところで最近知ったのですが、北欧の国では「No Cash」という表示があるお店が増えているのだそうです。

 

 スウェーデンのストックホルムでは、現金を一切持たずに外出する人が多いといいます。支払いはデビットカードやクレジットカード、またはスマートフォンのSwish(電話番号と銀行口座がひも付けされた送金システム)アプリで行われているようです。

 

 客から現金を受け取るとそれを銀行に出向いて自分の口座に入金する必要がありますが、そうした手間が煩わしいと考える店が「キャッシュお断り」の方向に向かわせているようです。

 

 日本は現金での決済比率がまだ高いようですが、北欧だけでなく中国でも、そして消費者がモノやサービスを購入する際に、現金が全体の3分の1を占める米国でさえ、現金の使用頻度は減少傾向にあります。

 

 私には理屈はよく分かっていないのですが、現金決済比率が低くなるとお金を使うハードルが低くなり「経済がまわる」ということが実証されているらしいのです。

 

 極限まで金利を下げても投資も消費も盛り上がらない日本でも、この考え方を取り入れた政策が、今後実施されていくのかも知れません。

 

 日本で「キャッシュお断り」のお店が増えていくことになれば、新たな「買い物難民」が発生することになるのではないでしょうか😢。

モノは持たない方がいいのか

    最近一部の人々の価値観が「モノを所有しない」方向に進みつつあるようです。

 

 若者の車離れといわれて久しいですが、都市部を中心に必要な時にだけレンタルするとか「カーシェアリング」という動きも出てきています。

 

 車を所有していると、初期の購入費用のほかに税金(自動車税、重量税など)、保険(自賠責保険、任意保険)、点検費用、駐車場代(賃借の場合)、その他整備費、消耗品費用(タイヤなど)の費用がかかります。

 

 そして極め付きは2年に1度やってくる車検です。総計10万円以上はかかりますから、車検月が迫ってくると顔面蒼白の日々を過ごさなければなりません😢。

 

 維持費だけでも月あたり軽自動車で3万円前後、コンパクトカーで3万~4万円前後、Lクラスミニバンで4万~5万円かかっていると言われています。

 

 地方に住む友人が、車は足替わりなので家族全員が1台ずつ保有していて、「まるで車の費用を払うために働いているみたい」と嘆いていたことを思い出します😊。

 

 

 またメルカリなどの中古品や新品でも不要なものを売買する市場が活況を呈しています。


我が家の娘や家内も自分の着た服や装飾品などをさかんに売りに出していますが、家の中にある不要なものが処分されて、少しでもスッキリするのは大歓迎です。

 

 「断捨離」という考え方も一部の人たちに指示されています。私などは、未だに「もったいない」の方が先立ってしまい、モノに溢れた生活から簡単に脱却できそうにありません😊。

 

 ただ欲しいものがあるかと問われると、今の生活に必要なものが壊れて買い替えるとかくらいで、それ以外に欲しいものはありません。

 

 「モノが売れない時代」などと言われていますが、あの手この手で消費者の欲望を刺激しようとするマーケッターや企業の苦労は並大抵ではないようです。

 

 かつて江戸の町は、頻繁に火事があったようで、家財などはいったん火事が起きると全部燃えてしまいました。

 

 九尺二間(今の6畳間程度)の長屋に住む町人は、貧しかったこともありますが、ほとんど家の中に家財や荷物のないシンプルな生活を送っていたようです。

 

 いつ火事や地震が起きても、すぐに逃げ出せるようにという身を守る知恵でもあったのでしょう。

 

 私も身の回りを徐々に整理して、モノを持たずにシンプルな生活を送れるよう準備をしていきたいと思っています😊。

 

年金が70歳にならないと貰えない時代に!

 政府の社会保障制度改革の議論を見ていると、近い将来に65歳の年金支給開始年齢をどんどん引き上げて、70歳まで持って行こうという意図が見られます。

 

 そのためにまずは65歳を超える「継続雇用年齢の引き上げ」を検討するようです。

 

 15歳から65歳未満のいわゆる生産年齢人口も急速に減っていき、年金原資の目減りも確実なわけですから、65歳以上の人たちをも生産年齢に組み込もうとするのもやむを得ないのかも知れません。

 

 そして年金支給開始年齢を段階的に70歳に引き上げていくのは、ほぼ確実かと思われます。

 

   

   中小企業では、すでに年齢に関係なく「いきいき」と働いている65歳以上の高齢者は、たくさんいると聞きます。

 

 しかし私の友人・知人の中では、60歳以降勤務延長で働き続けるのですが、65歳になる前に辞めてしまう人が少なくありません。

 事情は人それぞれですが、多いのは以前と変わらぬ職場で、フルタイムで働くことがきつくなってきたという人達です。
人間関係に嫌気がさしたという人も結構います。

 

 私自身は60歳の定年後、早々に辞めてしまい別の働き方を模索しました。今でも申し訳程度ですが週2日ほど仕事をし、若い人たちとコミュニケーションをとることで、自分をリフレッシュすることができています。

 

 自身の経験も踏まえて思うのですが、70歳まで働く、または働かざるをえないのであれば、自分に合った働き方を今のうちから調べたり、準備したりする必要があると思います。

 

 体力面を考えれば、1日4~5時間働くとか、週2~3日働くのも良いかもしれません。

 精神面を考えれば、自分のやりたい仕事、誰かのためになることが分かり自分に手応えが感じられる仕事などが理想でしょう。

 無理をして体を壊したりしては、何もなりませんから、自分の健康面を考えることも大切です。

 

 しかし仕事をすることを通じ、社会とつながっている実感をもつことで、健康に良い作用をもたらすことはあると思います。

 

 私も半年ほど「毎日が日曜日生活」を経験して分かったのですが、何もしないで時間を過ごすことは、そう長くは持ちませんでした。

 

 この記事をご覧になって頂いている若い方々は、もうすでに「自分に合った
自由な働き方」を見つけているか、追い求めていることでしょう。

 

 これからは若い方々が作りだす「新しい働き方」が次代のモデルになることを期待しています😊。

色褪せない映画「生きる」

 ちょっと古い映画になりますが黒澤明監督の「生きる」という作品があります。

黒澤映画の初期の作品のなかでは「七人の侍」が有名ですが、「生きる」はそれに勝るとも劣らない代表作品だと思います。

 

映画のあらすじは以下の通りです。「生きる(映画)WiKipediaより」

 市役所で市民課長を務める渡辺勘治は、かつて持っていた仕事への情熱を忘れ去り、書類の山を相手に黙々とハンコを押すだけの無気力な日々を送っていた。市役所内部は縄張り意識で縛られ、住民の陳情は市役所や市議会の中でたらい回しにされるなど、形式主義がはびこっていた。

 

 ある日、渡辺は体調不良のため休暇を取り、医師の診察を受ける。医師から軽い胃潰瘍だと告げられた渡辺は、実際には胃癌にかかっていると悟り、余命いくばくもないと考える。

 不意に訪れた死への不安などから、これまでの自分の人生の意味を見失った渡辺は、市役所を無断欠勤し、これまで貯めた金をおろして夜の街をさまよう。そんな中、飲み屋で偶然知り合った小説家の案内でパチンコやダンスホール、ストリップショーなどを巡る。

 

 しかし、一時の放蕩も虚しさだけが残り、事情を知らない家族には白い目で見られるようになる。

 

 その翌日、渡辺は市役所を辞めて玩具会社の工場内作業員に転職していようとしていた部下の小田切とよと偶然に行き合う。何度か食事をともにし、一緒に時間を過ごすうちに渡辺は若い彼女の奔放な生き方、その生命力に惹かれる。

 

 自分が胃癌であることを渡辺がとよに伝えると、とよは自分が工場で作っている玩具を見せて「あなたも何か作ってみたら」といった。その言葉に心を動かされた渡辺は「まだできることがある」と気づき、次の日市役所に復帰する。

 

 それから5か月が経ち、渡辺は死んだ。渡辺の通夜の席で、同僚たちが、役所に復帰したあとの渡辺の様子を語り始める。

 

 渡辺は復帰後、頭の固い役所の幹部らを相手に粘り強く働きかけ、ヤクザ者からの脅迫にも屈せず、ついに住民の要望だった公園を完成させ、雪の降る夜、完成した公園のブランコに揺られて息を引き取ったのだった。

 

 新公園の周辺に住む住民も焼香に訪れ、渡辺の遺影に泣いて感謝した。

 

 いたたまれなくなった助役など幹部たちが退出すると、市役所の同僚たちは実は常日頃から感じていた「お役所仕事」への疑問を吐き出し、口々に渡辺の功績をたたえ、これまでの自分たちが行なってきたやり方の批判を始めた。


 通夜の翌日。市役所では、通夜の席で渡辺をたたえていた同僚たちが新しい課長の下、相変わらずの「お役所仕事」を続けている。しかし、渡辺の創った新しい公園は、子供たちの笑い声で溢れていた。  (以上)

 

 

   喫茶店での渡辺ととよとの会話の中に、「死ぬまでに1日でも生きて死にたい」「何かすることがしたい、それが分からない」という渡辺に対して、とよは「ただ働いて、食べて それだけよ!」と答えます。
印象に残るやりとりです。

 

 この映画のクライマックスは、渡辺が雪の日の夜に完成した公園のブランコを揺らしながら、「いのち短し 恋せよ少女(おとめ) あかき唇 褪せぬ間に~」というゴンドラの唄を口ずさみます。
そして満足な表情を浮かべながら、亡くなってしまいます。

 

  そういえば、黒澤明監督が亡くなって20年が経ちます。

 

  この10月7日から没後20年記念で、宮本亜門演出の「ミュージカル 生きる」が開演されるそうです。

亜門さんは、ミュージカルで「生きる」をどのように表現するのでしょうか😊。

 

 この映画が出来たのは1952(昭和27)年ですが、この当時(戦後まもなく)の日本人の平均寿命は男50歳、女54歳(1947・昭和22年)でした。

 

私はその年齢をとうに超えています。しかし未だに精一杯生きているといった実感は持てずに、日々を過ごしています。

 

 この作品の渡辺のように、また最近亡くなった樹木希林さんのように、自分の死期が近いのを強く意識できるようにならないと、今生きていることの有り難さや貴重さが身に染みてこないのかも知れません😢。