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団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

晴耕雨読 毎日が日曜日に憧れて(その1)

 

晴耕雨読 毎日が日曜日に憧れて(その1) 

 私は定年(60歳)が近づいて「これからどうするか」を真剣に考えなければならなくなった時期に、以前から漠然と思っていた「晴耕雨読、毎日が日曜日」への憧れを何とか実現できないかと考えるようになりました。

同期の人たちは勤務延長制度による継続勤務の道を選ぶ人が大半でした。彼らから「お前はどうするんだ?」と聞かれても「う~ん、そうだなあ」といってギリギリまで結論を出さずに過ごしていました。

「毎日が日曜日」に憧れている、などと打ち明けようものなら「ハハハ、何を馬鹿なことを考えているのか!」と一笑に付されるのが目に見えていたからです。

 妻とて同期の連中と同じ反応を示すでしょうから、ずっと内緒にして「どうしたら実現できるか」と考え続けたものです。

7年前は老齢厚生年金の報酬比例部分が60歳から支給された時代でしたので、実現

できるだろうという結論に至り、思い切って実践してみることにしました。

 

さて、毎日が日曜日生活に入り、だらだら過ごすことのないよう気を付けました。朝は6時に起き、お茶・コーヒーを飲みながら新聞に目を通した後、桜の古木が連なる川岸の散策道を片道一時間、往復二時間かけて散歩することにしました。

7年過ぎた今振り返ると、毎日よく歩いたものだと思います。60歳の頃でしたからそれまでと体力的に何も変わらない状態でした。お天気の良い日の2時間の散歩は気持ちがよく、道端や畑に咲く草花や作物を眺めながら季節の移ろいを感じられたことは何よりの喜びでした。ただ、雨の日などはいつものコースは大変なので、傘をさしながら短縮コースを歩きます。日々歩くことを繰り返していると、雨の日であってもやめることができなくなっていました。

 

 そんな生活を続けていたある日、妻が私を横から見て「なんだかお腹がへこんできたみたい」とつぶやき、「いいな~」と羨望の眼差しで見つめたものです。

そういえば、ジーパンのベルトの穴が以前より一つ細い方になっていました。

 

 だんだん当たり前のことになっていくのですが、「今頃、会社のみんなはせっせと働いているんだろうな」と思い悦に入りながらの散歩は何にも代えがたい

ものでした。

また散歩にはうってつけのコースのこともあり、毎日散歩する人が何人もいて、顔見知りになると挨拶を交わすようになりました。

これが定年後の姿の最初のステージとなります。

次回は「晴耕雨読」についてお話させていただきます。