団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

友人の孤独 その2

   夏頃には北海道に住む娘さんの家の近くに移り、介護施設に入所すると言っていた友人から引っ越しの連絡がきません。

 

 気になって電話をしてみました。すると「引っ越すのをやめた」との返事です。
体力がさらに衰えてしまい、歩くこともままならず、北海道に行こうにも空港にすら行くことが出来ないありさまだ、というのです。

 

 娘さんは介護施設探しに走り回っていただけに、行かないと連絡したら、相当怒られたそうです。

 可愛そうになって、別の友人と一緒に会いに行くことにしました。

 

  すると「会いに来てくれるなら、一緒にお酒を飲みたい」というのです。
一瞬どうしたものかと返答に窮しましたが、いまさら健康を害するからと止めたところで仕方がないのかと思い、了承して電話を切りました

 当日、待ち合わせ時間の夕方5時に、友人の住んでいる最寄り駅で落ち合いました。駅まではタクシーを利用して何とか移動できるとの返事だったからです。

 会ってみると、予想していたより元気そうでホッとしました。

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   3人で駅前の酒屋に入り、再会を祝しビールで乾杯しました。3月と4月にお見舞いに行った時は病院内でしたから、こうしてお酒を飲むのは20年ぶりくらいです。

 

 飲みながら、近況を色々聞きました。現在、介護支援制度により、訪問医療でインスリン注射の施術と、週2回の家事支援を受けているとのこと。奥さんとは別居しているのですが、日常生活に必要なことはかろうじて、それで保たれているようです。

 

 会話をしている間にも、ヘルパーさんからの電話が入り、受け答えの声にも張りがあり、入院時よりもしっかりしている気がします。

 しばしの間、昔に戻り会話が弾みましたが、酒のつまみにはあまり手を付けないのが気になります。

 

 「家では何を飲んでるの?」と訊くと、日本酒だといいます。早く酔えるからなのだそうです。

 これは普段一人にしておくと、完全にアル中になるなと心配になります。


 会話している最中にまた携帯が鳴ります、会話を聞いていると再びヘルパーさんからのようです。「飲み過ぎてはいけません!」といったお小言も頂戴しているようです。

 

 飲むのは早々に切り上げ、まだ時間が早いのでカラオケにでも行こうと提案すると、二人とも賛成しましたので、酒屋を後にします。

 

 カラオケ店であれば、それ以上深酒することはないだろうし、歌うことで気分転換になるだろうと思ったのです。

 カラオケ店に入るなり、もう一人の友人はタンバリンとマラカスを借りています。気分を盛り上げようとしているようです。

 

 彼は弱っていく両親を心配し、実家を売り払って、そのお金で有料老人ホームに入れ、その後相次いで亡くなる両親を看取った経験を持ちます。

 

 いまは悠々自適なのか、毎日テニスやゴルフ三昧の生活をしているようです。

 

 しかし奥さんを含め、家族全員が仕事を持ち、誰も相手にしてくれないと寂しがります。

 

 私はカラオケを歌うのは、もう5~6年ぶりなのですが、それでも昔の持ち歌を思い出しながら選曲しました。二人も同じような行動をとっています。

 

 しばし代わる代わる歌い、最後の方では努めて明るい曲を選曲し、タンバリンとマラカスで盛り上げながら、やけ気味に大きな声で歌いました。

 

 久しぶりに声を張り上げて歌ったことに、二人とも満足したようです。
そして「我々3人は破滅型人間かもね?」と自嘲気味に大笑いして、店を出ました。

 

 別れた後、帰りの電車の中で、気分転換にはなったのかも知れないけれど、これで良かったのかなと、複雑な気持ちになりました😢。

夏祭りがやってくる

 今年も恒例の地域の夏祭りの日が近づいてきました。

 

  近所の神社の会館にお神輿が3基ずらりと並び、雰囲気を盛り上げています。普段はひっそりとしている神社に、祭り関係者が出たり入ったりして準備に大わらわのようです。

 今年は早々に梅雨が明けてしまいましたので、祭り当日はうだるような暑さになりそうです。

 

 私は昔、毎年7月上旬に実施される大きな仕事を担当していました。この仕事が終わるまで、ほぼ一週間ホテルに泊まりこみで専念しますので、無事終了したときには、安堵感とともに解放感を味わったものです。

 

 そして家路につくのが、祭りの初日ということがよくありました。
午後帰宅すると、家には誰もいません。祭りの初日は午後から「子ども山車」が出発し、神社から近所の道を引っ張って歩きます。

 娘たちが小さい時でしたので、その子ども山車に参加し、家内も付き添っています。

 

 急いで着替えをして、自転車でその山車の行方を追います。そして山車を見つけると、少し離れたところから子供たちを目で追いながら、心地よい疲労感の中で、「あ~、今年も大仕事が終わった~、そして夏休みがやってくるんだな…。子供たちを海に連れていかなければなあ~」などと思ったものでした。

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  夜になると、大人神輿が大通りに繰り出します。浴衣に着替えて大通りまで歩いていくと、沢山の夜店が並んでいます。

 夕飯を済ませた後なので、私は欲しいものは特にないのですが、子供たちは目をキラキラさせて、夜店を見て回っています。

 

 こんな時期が、夏祭りの一番記憶に残っている思い出です。

 

   娘たちが少し大きくなると、もう一緒に祭り見物に行くこともなくなり、暑い中を夫婦で見物に出かけることも億劫になっていきました。

 

 数年に一度、自治会の役員がまわってきます。私が仕事で忙しい頃からの慣例で、家内が自治会の集まりに参加しています。今年はその数年に一度の役員の年に当たり、先日祭りの準備のための会合が開かれました。

 これまで祭り当日の役目は、神社の会館内に控えての会計担当だったのですが、今年は車の侵入を規制する交通整理の役割になるようです。

 

 家に帰ってきて、交通整理は大変だから、代わって出てほしいと愚痴をこぼすので、当日は私が出ることになりそうです😢。

 

 昨日、朝の散歩の途中で神社に立ち寄ると、よく会う近所の人が話しかけてきました。その方は、生まれながらの土地っ子で、この辺の昔の話をよくしてくれる人です。

 

 夏祭りの話になって、今年は神輿の担ぎ手が減ってしまい、女性だけで担ぐ「女神輿」が出せなくなってしまったそうです。

 

 これまでも、担ぎ手の減少はよく聞いていましたが、いよいよ神輿の数が少なくなっていくのかと少し寂しい気持ちになりました。

 

 また担ぎ手だけではなく、神輿本体と担ぐ枠を結ぶ際に、縄で巧みに締め上げるのですが、この結び方・締め方の技術を持つ人も高齢化で1人か2人しかいないのだそうです。

 

 この辺は近年、工場跡地などに大規模マンションができ、人口が増えてきています。週末には車の渋滞も激しくなりました。

 祭りの神輿が準備されている近所の神社も、毎朝の参拝者も結構増えてきましたし、正月の初詣客なども、以前は数えるほどだったのが、今では長い行列ができるほどです。

 

 夏祭りの準備をする人たちは、ほとんどが根っからの地元の人たちが中心のようですが、新たに移ってきた若い住民を巻き込んでいく術を生み出すことに、何とか知恵を絞る必要があるなと感じています。

 

 私自身は老いぼれですので、あまり役に立ちませんが…😊。

 

ラーメンの思い出

一昨夜ラーメンが話題にのぼりました。

「そういえば、近頃おいしいラーメンを食べていないね」と妻が言うのです。

 

 確かに、最近はラーメンを食べる機会がめっきり減りました。
朝食はご飯をしっかり食べるので、昼と夕食ではどうしても炭水化物の摂取を控えてしまうのと、カロリーが高いものを敬遠してしまいがちになっています。

 

 私は小さい頃からラーメンが大好きでした。小学校に上がる前に父に連れられて映画を見に行った帰りに、始めてラーメンを食べさせてもらったのですが、その時の味が忘れられず、出かける機会があれば、必ずと言っていいほどラーメンを食べていました。

 

 親戚のおばさんにデパートに連れていってもらった際にも、屋上のレストランで皆が他のものを頼んでも、私だけラーメンを注文しました。
おばさんが「お前の一番のごちそうはラーメンなんだね」と苦笑いしたのをよく覚えています😊。

 

 最近は、全国各地のおいしいラーメンを紹介するテレビ番組が毎日のように放映されていますが、振り返ってみると、私が昔好きで食べていたラーメンは、どこにでもあるラーメンだったのです。

 

 札幌ラーメンが原点

  実家を離れて、最初に美味しいラーメンに出会ったのは、新宿東口にあった札幌ラーメンのお店です。コクのある醬油味でネギがほどよく乗った本当においしいラーメンでした。当時は貧乏学生でしたので、頻繁には食べに行けませんでしたが、アルバイトのお金が入るとせっせと通ったものです。

 

 そして社会人になってしばらくした頃、札幌に出張する機会がありました。
千歳空港に降り立ち、空腹の中ラーメン屋さんに飛び込みました。冷えた体を包み込んでくれるような店内の湯気です。

 まもなくして届けられた醤油ラーメンは、冷えた体に沁み渡っていくようです。

 

 この時の感触が、これまでの私のラーメン人生(?)の原点だったように思います。

 

 そういえば「ラーメン」という言葉の語源を先日初めて知りました。
北海道大学の前に、大正10年に竹屋食堂ができ、その経営者の奥さん、大久
タツさんが「ラーメン」と名付けたのだそうです。

 中国からの留学生がお客として来ていましたが、その中国人留学生の傍で、日本人客が「支那ソバ」と言って注文するのに心を痛めていました。
当時、支那というのは中国を侮蔑的に呼ぶ表現だったのです。苦心のすえ、
奥さんは「ハオラー(料理ができたよ)」という店の合図言葉から、響きの良い
「ラー」をとって「ラーメン」と名付けたのです。

 

 その後、札幌の雑誌が「札幌ラーメン」と銘打って特集したりして、それが独り歩きしながら、全国に広まっていったようです。

 

 まさに語源的にも、札幌ラーメンは原点なのですね😊。

 

 その時々の思い出ラーメン

 

 私は関東育ちですので、ラーメンといえば醤油と決めつけていたのですが、その後出会った別の麺は、それぞれの味わいがあります。

 

 飲んだ後締めに食べた、博多の中州の屋台の豚骨ラーメン。その後に札幌を訪れた際には、味噌ラーメンを注文することが多くなりました。

 キムチラーメンに凝った時期もありました。東北を訪れた際には、魚介出汁の海藻のたくさん入った塩ラーメンにも魅せられました。

 

 もっと色々なラーメンを食べたいけれど

 年を重ねて、たまに外で飲んだ後に、締めのラーメンを食べるなどという機会は、ほとんど無くなりました。


 いま若い人でごった返している背脂たっぷりの京都ラーメンの店が散歩コースにあります。順番待ちの行列を横に見ながら、いつも通り過ぎています😢。

 

  我が家の身の丈にあったラーメンを食べに行く

 

  さて現在の我が家の身の丈にあった、おいしいラーメンを食べに行こうということになり、妻が自分の強力な友達ネットワークを駆使して、探し始めました。

 

 結果、電車で3駅離れた駅から徒歩数分のところにある「甲州屋」さんを紹介されて行ってみました。こじんまりとした歴史を感じる佇まいの店です。
ご主人はじめ従業員の皆さんの応対も実に感じの良いものでした。

 

 480円のラーメンを注文しました。シンプルでやさしい味のラーメンです。食べ終わるとほっこりとした幸せな気分になりました😊。

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ウォーキングの仕方を学ぶ

  今週はウォーキングの仕方について学びました。

 講師はバルセロナ五輪の時に競歩選手として活躍した園原健弘さんという方です。連日の猛暑で、炎天下の屋外での実践は無理なので、屋内で行われました。

 

 歩き方についての内容かと思ったら、体調の維持管理についての基礎を幅広く取り上げる内容です。

 

 まず「呼吸」に関しての話が取り上げられました。生きていくうえで呼吸をすることは必須の行為ですが、現代人は呼吸が浅い方が多いそうです。

 

 呼吸が浅いと肺に前に吸った空気の残りが溜まっており、効率的に酸素を取り込むことに支障がでて、血液中に十分な酸素が取り込めなくなってしまうのだそうです。

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 呼吸に関して最も大事なことは「吐く」ことだそうです。十分に吐くことで、肺の中の残気量が少ない状態になり、次に吸う時に沢山の酸素を取り込むことができるというわけです。

 

 エクササイズでは、1分間に吸って吐くのセットをゆっくり4回行う練習です。1回の吐く時間を7~8秒で行ないます、普段は深呼吸をする時でも、こんなに長い時間はき続けることはしませんから、意識して酸素を取り込むことを実感できました。

 

 次に取り上げられたのが「伸ばす」です。私も毎朝ウォーキングに出かける前に、一通りのストレッチはするのですが、こんな部位を伸ばすのかと思うエクササイズです。

 まず両手の甲を内側にして組み、上に伸ばし、頭より後ろにできるだけ伸ばします。これにより肩回り・肩甲骨まわりの筋肉が伸びます。

 次にイスに座った状態で、片足を前にピンと伸ばし、両手で後ろを支えます。
その状態で、足首から先を前後に動かします。これにより太ももの前後やふくらはぎの筋肉を伸ばします。

 

 意外に思ったのはお尻の筋肉です。たるんでいるように見えても結構凝っている人が多いそうです。イスに深く座り、にじり出るように前に進むエクササイズが紹介されました。

 このように普段伸ばす機会の少ない部位を伸ばすことにより、体全体の筋肉をバランスよく維持することが大事なようです。

 

 これらのストレッチを1日のなかで気が付いた時に、実施すると良いようなのですが、明日から続けられるかといえば、自信がありません…😢。

 

 第一これらのストレッチ・エクササイズの種類を覚えきれませんし、持続も難しそうです。そんな私を含めた参加者の反応を見てか、講師は無理のない範囲でできるだけ行ってもらえれば結構ですよとの言葉を添えて頂きました😊。

 

 気がついた時に、これらのストレッチを行なって下さいという事で、とにかく日常の動作で色々な筋肉を曲げ伸ばしすることが大事なようです。

それで思い出したのですが、日本人は一日の中で座っている時間が平均7時間ととても長いと聞いたことがあります。座り過ぎは健康に良くないばかりか、痴呆症を引き起こしたり、寿命を縮めたりするのだそうです。

 

長く座っている時でも、30分おきには立ち上がり、耳石を刺激することが大事だと聞いたことがあります。

 日常の生活の中で、とにかくこまめに動くことが、座りすぎ防止のためにも、色々な筋肉を使うためにも大事なことのようです。

 

 前置きが長くなりましたが、歩き方の話に入ります。

ウォーキングの仕方については、これまでも色々なことが言われています。「姿勢よく、歩幅を長めにして、速足で歩きなさい」とか「腕を振って歩きなさい」とか聞かされています。

 

今回の講師は、歩くこととあわせ、筋肉を動かすことを強調しています。
胸をはって、鳩尾(みぞおち)の下あたりに足の付け根があるつもりで歩くこと、そして両足の内転筋をこすり合わせるように歩くことを練習しました。

 

 これは、今まで聞いたことのない歩き方で、新鮮なアドバイスです。高齢者に向けて、筋肉維持に主眼を置いたもののようです。

 鳩尾の下に足の付け根があると思って、歩いてみたのですが、すぐにはピンときません。来週もう一回講座が残されていますので、そこでもう少しわかりやすい説明があるのかも知れません。

 

地方の特産品売り場が熱い!

  この週末に近所のスーパーで、近隣県の「特産品フェア」が開催されています。

 最近は、わりと近い地域の特産品フェアが順繰りに開かれています。
日常の買い物ついでに、暇に任せて冷やかし半分に見て回りますが、興味を惹かれる商品を発見することが多くなりました。

 

 味見のコーナーで食べさせてもらうと、「なかなかおいしい!」という品が結構ありますので、思わず長居をしてしまったりします😊。

 

 最近、地元の新たな商品を開発して、何とか地域を盛り上げようとする動きが
活発になってきた気がします。

 

   昔「名物に旨い物なし」などという陰口言葉がありました。遊びに行った際に、何かお土産をと物産展を覗くと、名物・名産品の定番商品ばかりで、買いたいものがなくて、店を出てしまうという事が、何度もありました。

 世話になった方へのお土産ということだと、無理にでも決めて買わなければとなりますが、家族への土産だと、「どうせ喜ばない」となってしまうのでした。

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  それは昔の話として、近年各地の「道の駅」が充実してきました。ふらりとドライブしていると、新しくできた道の駅に出会うことがあります。

 

 車を止めて覗いてみると、新鮮な地元の野菜や果物が並べられていると、思わず買って帰ります。評判の良い道の駅だと、わざわざ遠くからやってくるお客さんもいるようです

 道の駅の場合は、お客さんが群がるのは何といっても農産物です。新鮮で安いとあれば、それも当然なのでしょう。農産物を加工したスイーツ等も話題性のあるものもあります。

 

 泊りがけでの旅行の際にも、道の駅に寄りますが、その際にはすぐ帰らないので、農産物には手がでません。それ以外の加工品などを見て回るのですが、面白い品が必ず一つ二つ見つかります。ただし買うかどうかは値段と睨めっこになるのですが…😊。

 

 何か月か前に近くのスーパーで、千葉県富津市の観光協会が、焼き海苔を配っていて、思わず列に並びました。ものの10分もしないうちに長蛇の列です。

 焼き海苔に添えて、富津市の見所や名産品のパンフレットが何枚も入った袋を手渡されました。観光客の呼び込みに力が入っているようです。

 

 富津は見渡す限りの広大な海と、断崖絶壁の風景が圧巻な鋸山に囲まれた観光スポットです。

 

 今この富津市の金谷という人口1500人の街に、全国各地から「移住したい」と希望する若者が集まっています。その数は、2年間で約40名だそうです。

 

 若者の移住者を増やす取り組みの中心になっているのが、「コワーキングコミュニティまるも」です。

 コワーキングスペースとは、普通のシェアオフィスやレンタルオフィスとは異なる空間で、個室で作業ができますが、利用者同士がオープンな場所でスペースを共有したり、一緒にイベントを企画したりするという、コミュニティを形成するスペースなのです。

 

 金谷は、久里浜とフェリーで繋がっており、東京都心から約2時間の距離です。

 

  「リモートワーク」や「フリーランス」といった、多様な働き方が認められつつあります。コワーキングスペースのような取り組みへの需要は、今後も益々広がっていくのかも知れません。

 

 移り住んできたこの若者達が、金谷いや富津市の特産品開発に一役買って街の活性化に繋がっていけば、と願ってしまいます😊。

 

 さて今日の特産品フェアでは、どんなものと出会うか、期待しながら出かけて行きました。

 

 地物の美味しそうなものが並んでいますが、出会ったのは「有機米ぬか漬け」とうたった、地元のお米のぬかを熱を加えずにぬか床にした「生糠」のぬか漬けです。

 

 試食させてもらうと、我が家のぬか漬けとは全く違います。これまで食べたことのない、まろやかな味です。これが本物のぬか漬けというものかと感心しつつ、家内と二人で根掘り葉掘り質問してしまったのですが、丁寧に応対してくれました。

 

 思わず、ぬか漬けだけでなく「生糠のぬか床」を分けてもらいました。我が家のぬか漬けと並行して漬けてみます。

 

 あ~今日もまた散財してしまいました。来週は切り詰めた生活が待っています😢。

 

二胡の演奏を聞きに行きました

  楽しみにしていた二胡の演奏を聞きに行きました。公民館主催ですから、もちろん無料です😊。

 二胡とは中国で生まれた楽器で、硬い木で作られていて、円筒にニシキヘビの皮が張られています。二本の弦を張り、馬の尻尾で作られた弓を弦と弦の間に挟んで、擦って音を出し演奏する擦弦楽器(さつげんがっき)です。

 

 二胡はアジアのヴァイオリン呼ばれているそうです。


ヴァイオリンは弦がピンと張られていますが、二胡は緩んでいる弦を指で調節しながら繊細な音色を出します。

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日本には胡弓という楽器があります。


 胡弓ですぐに思い出すのは、越中八尾おわら風の盆です。
300年の歴史を誇る風の盆ですが、美しい所作で静かに進んでいく踊り手を盛り立てる「唄い手」「囃子」「三味線」「太鼓」。そしてそれを追うように奏でられる胡弓の音色は、目立たぬように控えめではありますが忘れられない音色として耳に残ります。
祭りの喧騒が終わったころ、静かになった夜の闇の遠くの方で、胡弓の音色が聞こえてきたりすると、しみじみとした気持ちになります。


 私は二胡と胡弓は、音色的に同じ楽器だとばかり思っていたのですが、実は違う楽器だということを、今回はじめて知りました。ただ二胡と胡弓は同じ擦弦楽器ですし、音色は非常によく似ています。


 私にとっては、同一の楽器と思っていましたから、風の盆の思い出が残っているせいか、胡弓(こきゅう)という言葉の響きの方が好きなのですが…。

 

 さて、二胡の演奏に話をもどします😊。


  今回演奏して頂いた方は、馬高彦(マ ガオイェン)という25年前に来日し、それ以来ずっと日本で二胡奏者として活躍されている方です。


  最初に「草原情歌」「空山鳥語」という中国の有名な曲の演奏で始まりました。
中国の田舎の牧歌的な自然を想起させる名曲です。
続いて久石譲作曲の「もののけ姫」です。二胡の音色は、もののけ姫のメロディーと非常にマッチしていて、胸を打つ余韻が残ります。


  途中の休憩時間に、馬さんを呼び止めて「馬さんの奏でる二胡の音色に涙がでてきました」と伝えている参加者がいました。


  他に、小椋佳作曲「愛燦燦」や服部良一作曲「蘇州夜曲」など計14曲を演奏してくれました。


  今回は地方自治体の僅かばかりの予算で企画されましたから、プロの奏者に対しては気の毒なくらい少ない謝金だったようです。こんな時には、参加者の方から一人ひとりはわずかでもいいので、演奏御礼の謝金を集めてもいいのかも知れません。


 にもかかわらず、すばらしい演奏をしてくれたものですから、聞いていた私達聴者は大感激です!
 中には無料で聞かせてもらったにも関わらず、「アンコール!」と叫ぶ人がいました。ちょっと図々しいんじゃない、と私は思わず苦笑してしまいました。


 さすがに、奏者の馬さんも微笑みながら軽くかわしていました。


 演奏を始める前には、自己紹介を兼ねて奏者が挨拶したのですが、「この公民館は緑に囲まれたすばらしい立地ですね。そしてこの演奏会場も天井がほどよく高く、広さも丁度よいすばらしい会場ですね」と言ってくれました。


 お世辞なのは分かっているのですが、後ろに広い公園があるので、緑に囲まれた場所であることは本当です。


 最後に馬さんを送り出した後、館長が「演奏会場のホールをすばらしいなどと褒めてくれましたが、古くて床が抜けそうなので、もうすぐ修復工事を検討しているのに、褒めていただけるなんて冷や汗がでました。」と言ったので、参加者一同で大爆笑しました😊。

映画「万引き家族」を見た

   映画「万引き家族」が封切りされましたので、見に行ってきました。

 

 日本映画として21年ぶりにカンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを受賞した話題の映画です。

 

 週末でしたし、話題の映画でもあったので、さぞかし混んでいるのだろうと予想して、出かけていきましたが、意外に半分ほどは座席が空いていました。

 

   是枝裕和監督が、自ら原案を作り、監督・脚本・編集を担った力の入りようで、それが見るものにそのまま伝わってくるような作品です。

 

上映終了時に、自分の体内から得も言われぬ何かが、こみ上げてきました。
それは何だったのかを考えてみましたが、最後のシーンでの二人の子役の表情だったのだろうと思いました。

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    訳ありの男女ペアが、亭主を他の女に奪われた老婆の家に転がり込み、経緯がよく分からなかったのですが、パチンコ屋の駐車場で車上荒らしをしている時に、車の中にいた男の子、祥太を連れ帰ります。

 

   そして、亭主と亭主を奪った女の家族の孫に当たる少女を、これも経緯が今一つ分かりませんでしたが、老婆が「私と一緒に暮らそう」といって連れてきます。

 

 そんな家族とはいえない人々の奇妙な共同生活ですが、収入がわずかしかない男女は、老婆の年金をあてにしたり、足りないものを万引きをすることによって手に入れ、生活を成り立たせています。

 

 スーパーマーケットで万引きをした帰り道、通りかかった団地の一階の廊下で凍えていた5歳の女の子を思わず連れ帰ります。その後戻そうとするのですが、親による虐待の影が見え、彼女も家族に入れるのです。

 

 このシーンから連想するのは、先日起きた「目黒虐待死事件」です。
亡くなった5歳の船戸結愛ちゃんが、ひらがなの練習帳に、「ママ、もうパパとママにいわれなくてもしっかりと じぶんからきょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがいゆるしてゆるしてください おねがいします おねがいします ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして。」などと記したものが見つかりました。

 

 愛くるしい写真とともに、その文章がニュースで紹介された時は、胸が締め付けられる思いをした方は、たくさんいらっしゃることだろうと思います。

 

 事件のあった場所の前を通りかかる時に、手を合わせ合掌する人が沢山いらっしゃるそうです。

 

 5人は共同生活を通して、人間らしい暖かな関わりを感じながら、つながりを深めていきます。

 

 翔太は男と万引きを繰り返し、5歳の女の子にも万引きさせようとするのですが、駄菓子屋の店主から、「妹にまで万引きをさせてはいけない」と優しく諭されます。

 

 そのあたりから、翔太は他人の物を盗むことに疑問を感じ始めます。

 

 これから見ようとしている方もいらっしゃるでしょうから、ストーリーに触れるのは、この辺にしておきたいと思います😊。

 

 出演者は老婆役の樹木希林は相変わらずの出色の演技を披露していますが、リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡菜優、そして子役の城桧吏、佐々木みゆが、それぞれすばらしい演技です。駄菓子屋店主役の柄本明も渋い存在感を出しています。

 樹木希林は別格として、中でも私個人としては特に安藤サクラの演技が光っていたと思います。

 

 万引きの生々しい手口のシーンが出てくるからだと思いますが、子供はこの映画を見ることができません。

 ということは、ヒットした映画は、一年もするとテレビで放映されることが多いですが、この作品はテレビでは放映できないということになりますね😊。