団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

人生後半をどう生きるか

 私は人生の後半戦に入ってから随分月日が流れています。

 

 定年退職した後、しばし有り余る自由時間を謳歌はしましたが、再び社会復帰して、はや10年以上が経ちました。

 

 いまでは定年まで働いた後の勤務延長制度が当たり前のように普及して、65歳あるいはそれ以上の期間を、それまで働いていた組織、またはその関連組織に身を置くサラリーマンが増えているようです。

 

 私の場合は、勤務延長をせずにすっぱりと長い間お世話になった組織を離れてしまいました。

 

 後輩が成長して組織の中核で活躍しようとする中、煙たがられる存在で、その中に身を置くことが嫌だったからです。

                                            Hermann Traubさんによるpixabayからの画像

 

 いま「人生後半の戦略書」という著書が全米でベストセラーになっています。

 

 著者はアーサー・C・ブルックスというハーバード大学の教授です。

 

 若い時にがむしゃらに働いて、気が付けば50代となったサラリーマンが、さてこれからの人生をどう送ろうかと、はたと立ち止まって考え込む、そういった迷える中高年に、発想の転換を促すことを勧めています。

 

 冒頭から「ストライバー(成功者)の呪い」というオヤッと目を引く言葉が出てきます。

 

 大なり小なり成功体験を持つ人が抱える苦悩のことのようです。

 

 高いスキルを必要とする職業は、ほぼ例外なく30代後半から50代前半にキャリアの落ち込みが始まるといいます。

 

 金融業のピークは36歳から40歳、医者や音楽家は30代、整備士や事務員も35歳から44歳。

 

なのに業界では高齢のベテランが主要な座を独占しています。

 

「潮時と認めるのは難しい」のでしょうが、不可避なキャリアの落ち込みに怯え、成功するほど不安を感じ、宴が終わらぬよう現実から目を背け、ますます仕事に依存し、身近な人間関係を犠牲にすると指摘しています。

 

 昔の栄光を求め続けるのは「止まらないランニングマシーンに乗っているようなもの」と厳しい指摘が続きます。

 

 そもそも成功の快感は長続きせず、あとで必ず落ち込みが訪れます。

 

 これは一定の状態を維持しようとする人間の本能で説明できるといいます。

 

 進化学的には、生き残るため突出した感情を均衡させる仕組みなのだそうです。

 

 死ぬ前に「もっと仕事すればよかった」と言い残す人はいません。

 

「幸福」になるより「特別」になろうとする生き方を変え、人生「第2の曲線」

に入ろうと本書は呼びかけています。

 

 著者の提案は過去の栄光を忘れろというのでなく、捨てるべきは「仕事と成功への依存心」や「世俗的な見返りへの執着」です。

 

 そして深めたいのは、恋愛や友情など安定した関係での相互理解(恋に落ちるより愛し続ける営みが大事)だといいます。

 

「他者との比較」や「望まぬ孤独」は危険で、足りないのは「一歩を踏み出す口実だけ」とも。

 

 戦略という言葉が出てくると、身構えてしまいそうですが、残された自分の人生を見据えて、「自分にとって幸せとはなんだろう」と自問してみるのもいいですね😊。