団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

社会に潜む適応の落とし穴

 環境に適応できた者が生存競争を勝ち抜くという考え方を、私たちはわりと素朴に受け入れています。なるべく早く、よく慣れた方が有利に決まっていると。

 

 しかし、その環境が、認識しづらいほど緩慢に変化しているとしたらどうなのでしょうか。

 

 独創的な手法で過去2600年分の日本の気候を解き明かし、日本史の読み直しを試みる研究者がいます。

 

 名古屋大学教授の中塚武さんです。

 

 中塚さんの専門は同位体地球化学、性質はほぼ同じで、質量が異なる同位元素の比率や特性を利用し、地球に迫るもので、はじめは海の研究が主でした。

 

しかし「調べるなら年輪だ」。そんな嗅覚が働き、木の研究をスタートさせます。

 

 中塚さんは考古学者らに声をかけて、中部地方の木材を集め、5年ほど前、古代(紀元前600年)から現代(2000年)の気候変動を1年刻みで解明してしまいました。

                                     Bessiさんによるpixabayからの画像

 人はときに適応し過ぎる習性があるようです。

 

 人は通常、環境変化を想定し、事前に対処することができる能力を持っています。

 

 市場経済の導入は、そのひとつとみてよいと中塚さんはいいます。

 

 江戸時代でも18世紀、享保の時代・将軍吉宗の頃に、米の先物取引が始まりました。

 

 ところが、これをきっかけに「それ以前は起きなかったような、気候変動の被害を増幅させるようなメカニズムが発動する」と中塚さんは指摘します。

 

 相場で儲ける人々が登場し、飢饉がチャンスと化します。備蓄米を売って大儲けした後、飢饉に直面した集落もあったといいます。

 

「同じ江戸時代でも、前期は状況が悪化したからといって一揆には結びつきませんでした。窮地に陥った藩を救済する力があったのです。ところが、吉宗の時代、財力を失った幕府が市場経済を導入してから事態は一変するのです」と中塚さん。

 

 過去の適応の失敗を繰り返さぬよう、新しい仕組みを設けて対処する知恵を人間は持ち合わせています。しかしそうした自前のシステムにも過剰に適応してしまうのです。

 

 おそらく人間は、根っから環境に依存してしまう生き物なのでしょうか。

 

 そういう視点から、都市への集中と地方の人口減少の問題を考えてみると、何十年も前から、日本人はこの問題を認識し、議論も繰り返されてきました。

 

 ところが、深刻な変化だと重々わかっていても、地方の暮らしは、なんとかなってきたのです。車と道です。

 

 車さえあれば、日々の買い物はできてしまいます。

 

 近隣の街で暮らす子供たちは日帰りでやってこれます。

 

 道は舗装され、場所によってはトンネルも開通したので、かつてのように何時間もかからずにやってこれます。

 

 といったわけで、人口が減り続けても、なんとかなってきました。またほとんどの住民は、これからも何とかなるだろうと思っています。

 

 そうして気付くと、日本は「限界集落」や「消滅自治体」だらけになっていたのです。

 

 テクノロジー、システム、インフラ整備によって社会はたしかに豊かになります。

 

 環境がある程度厳しくなっても、適応できる力がついているかのように錯覚しているのです。

 

 しかし、その力は、免疫力のような根本的な力ではないのです。

 

 あらゆる技術を駆使して「かさ上げ」された社会。いわば、大量の薬で何とかなっているだけの社会なのかも知れません。

 

 人間には認識しづらい緩慢な環境変化があるとして、では、これをいち早く、そして正確につかむすべはないのか。

 

 あるかもしれない。未知の変数を含む複雑な方程式の演算と、厄介な統計の読解を同時にこなす機械です。

 

 現にこの社会は、そういう機械に物事の判断を委ね始めているといいます。

 

 自分で考えることなく、見ることさえしなくなった、知りたいことだけを知る、薬で眠らされているような暮らしをしているのかも知れません。

 

 適応の落とし穴の、その先を考えることを私たちは出来るのでしょうか。

 

何とかなっている今のうちに、人類の未来、地球の未来を。

 

 私たちはまだ、人間のことを思ったほど知らないのかもしれません。