団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

年相応ってなんだろう?

 先週、昔の仕事上でお世話になった方と会食することになりました。

 

 共通の知人のお葬式で久しぶりに再会したのがきっかけです。

 

 彼は今年73歳になります。

 

 先日今は亡き宇野重吉さんの映画をみていて、宇野さんが亡くなった73歳に自分もなったのだと思い至ったそうです。

 

宇野さんの重厚ないぶし銀のような演技・佇まいをみていて、「宇野さんの73歳時の味わい深い表情をみていて、私はなんと軽いのかと思い、愕然とした」といいます。

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 宇野重吉さんは1988年1月9日に「肺がん」で亡くなりました。

 

 宇野さんと同じ73歳を迎えたというのに、自分はあまりに未成熟だという彼の言葉を受けて、(自分のことは棚に上げて)慰めがてら「宇野重吉さんの生きた時代と今とでは、栄養摂取の状態が全く違います。外見が宇野さんに比べ若々しいのは当然ですよ」と笑って返しました。

 

 彼は現在ジムに通って体力維持に努めているようで、身のこなしも見た目も若々しく映ります。

 

 一般的には、年齢より若く見えるということは、本人にとってはうれしいのではないでしょうか。

 

 私の妻などは、妹と一緒にいる時に、自分の方が妹に見えると他の人に言われたといって、嬉しそうに私に自慢します😊。

 

 今回会食をした知人は、外見が若く見られたとしても、内面が伴っていないのではと嘆いたのでしょう。

 

 私も人のことを言えた立場にはなく、年齢に相応しい内面を備えているだろうかと言うと、穴にでも入りたい気持ちになります。

 

 “年相応”と言いますが、年齢に相応しい言動とか生き方をするのは、自然なことなのかも知れません。

 

 しかし、年を重ねたからといって人の内面はだんだんと成熟して、ついには老成するとは限りません。

 

 宇野重吉さんや笠智衆さんの演技を見ていると、あんなふうに歳を重ねた佇まいを表現できることに憧れを覚えることはありますが、とても私には無理でしょう。

 

 まあ、私は私なりに人様に迷惑をかけず、私でも何か役に立つことがあれば、できるだけのことはやって生きていければいいのかななどと自分を納得させました😊。