同じ民族であるはずのウクライナを無謀にも攻撃し続けるプーチン率いるロシアの軍隊、イギリスの報道機関が入手したロシア軍内部の24時間にわたるやり取りが公表されたそうです。
そこには、上層部からのウクライナへの発砲命令に対して、「市民に何故銃を向けるのか!市民を避難させてから攻撃すべきだ!」との前線からの反発のやりとりが克明に記録されていたようです。
世界の批判にさらされているプーチン大統領、米欧日の先進諸国は結束し、対露制裁を強化しています。
プーチン大統領は周到に準備してきたに違いありません。
国際的孤立は承知の上だったのでしょう。
これが彼の唱える「偉大なロシア」の姿なのでしょうか。
それにしてもウクライナ東部の親露派地域を奪うにとどまらず、キエフに攻め込み、軍関係の施設のみならず民間人への攻撃にまで及んでいる暴挙は理解に苦しみます。
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モスクワ出身で国外で活動している露文学者(英オックスフォード大学教授)のアンドレイ・ゾリン氏は、「プーチン氏は『神話』に囚われている。私の言う神話は、都合の良い史実を選び出し、繰り返し称賛し、民族の誇りにすることです。史実の神話化ともいえる」といいます。
以下、アンドレイ・ゾリン氏が寄稿した【ウクライナ攻撃 プーチン氏の心理】と題した論文を紹介します(読売新聞2022年3月6日朝刊記事よりの抜粋)
ロシアに二つ神話があります。
一つは、屈辱的敗北の後に、強力な為政者が現れ、民族を導き、旧敵に大勝して雪辱を果たすという、国家再生の神話です。
17世紀の対ポーランド戦争は緒戦に敗れ、モスクワ占領を経験します。
その後、ロシア人は力を蓄え、18世紀にポーランドを打ち負かします。
18世紀の対スェーデン戦争も当初は大敗し、ロシアはほぼ壊滅状態に陥ります。
その後、ピョートル大帝が国を再建し、戦勝に導きます。
19世紀には仏ナポレオン軍の侵攻を許し、モスクワを占領されます。
しかしそれを押し返し、最後は露軍がパリ入城を果たしました。
20世紀の第2次大戦の独ソ戦も初めは独ナチス軍に敗北します。
その後形勢を挽回し、ソ連軍がベルリンに入城し、ドイツは降伏します。
私(アンドレイ・ゾリン氏)は、プーチン氏は権力を掌握した2000年以降、この神話を生き直そうとしていると考えています。
起点は1989年のソ連の東西冷戦敗北と91年のソ連解体です。
「ソ連解体は共産党独裁からの解放ではない。共産主義の服を着たロシア帝国が西側に喫した屈辱的敗北だ。国難を克服する強い指導者をロシアは求めている」と説いてきました。
プーチン氏のソ連観は、17年のロシア革命は帝政を打倒し、共産主義は悪いイデオロギーだったが、帝国は事実上再生されたというものです。
現代ロシアはソ連と決定的に断絶しているわけではなく、中核にあるのは同じロシア国家だと主張しているのです。
神話を結実させるためには西側に雪辱する必要はある。プーチン氏が西側の自由民主主義を非難し対抗してきたのは、この文脈で解釈できます。
米国を盟主とする西側の軍事機構、北大西洋条約機構(NATO)にも意趣返しをする必要がある。
NATOは旧ソ連軍を構成していたバルト3国、勢力圏にあったポーランドなど東欧諸国を受け入れて拡大した。
プーチン氏はこの東方拡大を脅威ととらえ、執拗に批判し、ウクライナの将来的なNATO加盟は断固阻む腹です。
もう一つの神話はロシア人とウクライナ人とベラルーシ人を皆「ロシア人」とする同胞神話です。
帝政ロシア時代の通念で、それぞれ「大ロシア人」「小ロシア人」「白ロシア人」と呼んでいた。
よりどころは古代ロシアのキエフ大公国(9~13世紀)。ウラジーミル1世が10世紀末、ビザンチン帝国の皇女と結婚し、ギリシャ正教を国教にし、版図も広げた。
ロシアの宗教と文化の源泉です。
プーチン氏はソ連解体を西側によるロシア分割と断じ、同胞神話に基づくロシア国家再統一を自身の使命と任じているはずです。
ベラルーシの独裁者アレクサンドル・ルカシェンコ大統領は恭順の意を示している。
「大ロシア」再生には西側になびくウクライナを従わせる必要があるというわけです。
その一歩が2014年のウクライナ南部クリミアの併合です。プーチン氏はウラジーミル1世はクリミアで洗礼を受けたとも強調してみせた。2016年にはウラジーミル1世の立像をモスクワの大統領府に建てました。
今回の侵略は二つの神話のおぞましい表れだと私は考えます。
ウクライナにも神話はあります。17世紀に勢いのあった「軍事的民主制」ともいえる、ウクライナ・コサックによるザポリージャ共同体です。
ロシア・ポーランド・オスマントルコ3大国に囲まれながら、巧みな外交で独立を保ちました。
交易に長じ、共同体を軍事的に強化して自衛に努めつつ、コサックらは独立維持のために常に死を覚悟していたとされます。
ウクライナ人は近代以降、ウクライナ民族意識を高めていきます。
19世紀の帝政ロシア時代、ウクライナ出身の2人の文学者がいました。
1人は小説「死せる魂」の作家ニコライ・ゴーゴリ。「ウクライナは独特だが、ロシアの一部」との立場でした。
もう1人は詩人タラス・シェフチェンコ。ウクライナ・コサックを理想化しウクライナ語で詩作し、ウクライナ民族主義を理由に迫害を受けました。
ウクライナは今日、前者を裏切者と批判、後者を国民詩人として高く評価しています。
ウクライナは2014年、「マイダン革命」で親露派のビクトル・ヤヌコビッチ大統領を放逐します。
首都キエフの広場に結集した人々はザポリージャの神話を持ち出し、自分たちを鼓舞していた。
あの時、ウクライナはロシアではなく欧州を選択した。
革命の端緒は欧州連合⁽EU⁾加盟方針を覆したヤヌコビッチ大統領に対する怒りでした。ただその選択はロシアをいらだたせ、クリミア併合を招くことになるのですが。
プーチン氏は「世界で尊敬される偉大なロシアを実現する」と大見得を切ってきましたが、現実はその反対です。
ロシアの二つの神話はプーチン氏を通じて21世紀の侵略戦争に至ったと私は考えます。
神話は戦争の結末にかかわらず、早晩、消えてゆくでしょう。
ロシアは「再生」でつまずき、「同胞」は既に実質がありません。
(以上、アンドレイ・ゾリン氏の寄稿文からの抜粋です)
ロシア軍はウクライナ全土にわたり、ますます進軍をすすめていて、ウクライナの抵抗がどこまで持つのか危惧される段階です。
アンドレイ・ゾリン氏のいう「過ちの帰結」に至るには、まだ多くの犠牲と多くの時間がかかるのでしょうか。