団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

雪の怖さと雪景色の魅力

 今回の大雪で新潟、群馬両県の高速道路で2日間にわたり2000台以上の車が立ち往生した報道は、改めて大雪の怖さを思い知らされました。

 

 また新潟県湯沢町のかぐらスキー場では、スノーボードをしていた33歳の女性が雪の中に埋もれているのが発見されました。新雪にはまり転倒し、そのまま動けなくなったとみられています。

 

 私も山育ちですので、大雪でひどい目にあった思い出は数々あります。

 

 ただ大雪のもたらす怖さは、身に染みていましたから、大雪が降れば家のまわりの雪かきをするくらいで、あとは家の中でひたすらじっとしているという生活でした。

 

 ただ両親が若い頃には、1メートルの積雪がしばしばあったようなのですが、私が実家で生活していた頃には、そのような大雪が降ることはなくなっていました。

 

 気候変動のせいだったのでしょうか。

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  Jorg VieliさんによるPixabayからの画像

 

 子供の頃、朝起きる前に、「今朝はやけに静かだな」と感じながら起きてみると、外は一面の雪景色です。

 

 雪国の人はご存知でしょうが、雪が降っているときは、様々な音が降雪にかき消されてシーンとした朝を迎えることになります。

 

 冬の朝、布団の中で、やけに静かだと感じた時には、起きてそっとカーテンを開けるのが楽しみでした。

 

 カーテンを開けた途端、真っ白な世界が広がっていると、思わず「ワー!」と声を出してしまうくらい、高揚感を感じたものでした。

 

 大人の親たちは、それどころではなかったのでしょうが、子供の私にとっては仕事への支障など関係ありませんから、外で雪遊びができる楽しみに繋がったからなのでしょうか。

 

 社会人になってからは、電車とバスを乗り継いで、夜、雪の降る中をトボトボ歩きながら、実家に行くのが好きでした。

 

「雪の降る街を」という歌を口ずさみながら、色々なことを想い、街頭に白い雪が照らし出されるのを見ながら、妙に感傷的な気分になったものです。

 

「雪の降る街を」歌詞

 

雪の降る街を 雪の降る街を
想い出だけが 通りすぎてゆく
雪の降る街を
遠い国から 落ちてくる
この想い出を この想い出を
いつの日かつつまん
温(あたた)かき幸せのほほえみ

雪の降る街を 雪の降る街を
足音だけが 追いかけてゆく
雪の降る街を
ひとり心に 充(み)ちてくる
この哀(かな)しみを この哀しみを
いつの日かほぐさん
緑なす春の日のそよ風

雪の降る街を 雪の降る街を
息吹(いぶき)とともに こみあげてくる
雪の降る街を
誰もわからぬ わが心
このむなしさを このむなしさを
いつの日か祈らん
新しき光降る鐘の音(ね)

             (以上)

 

雪は我々人間にとって、時にやっかいで怖いものでもあり、時には雪の白い世界が、人間の心を浄化してくれるもののような気がしています。