いつもだと一ヶ月があっという間に過ぎる感覚なのですが、年明けからのこの1月は長く感じています。
なぜかな?と思い、考えてみました。
年末から帰省し両親の無事を確認したことに始まり、その後義母が体調を崩し、緊急入院した後、転院し、その間に医者から自宅にはもう戻るのは難しいと告げられ、受け入れて貰える介護施設探しに奔走(といっても妻が中心です)。
そして叔父が突然亡くなり、高齢の父を連れて葬儀に参列。
目まぐるしく色々なことに対応しなければならない日々を送りました。
主に暗い気持ちになる出来事が続き、一日一日が重い日々だったのかと思い至りました。
心に突き付けられる、自分にとってのつらい情報を理解し、咀嚼(そしゃく)する時間は、重く長い時間に感じられたのかもしれません。
そんな中、昨夜は旧職場でお世話になった先輩と久しぶりに会いました。
共通した仲間の近況や、お互いの今の生活ぶりなどの話に花が咲き、3時間以上の飲み屋での時間があっという間に過ぎ去りました。
久しぶりに痛飲をしてしまい、今は体調がすっきりしていませんが、気分は少し晴れやかになった気がします。
ふと鴨長明の「方丈記」の冒頭の一節が頭に浮かんできました。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
現代語でいえば、
流れ過ぎていく河の流れは途絶えることがなく、それでいてそこを流れる水は、もとの水ではない。
河の流れの「よどみ」に浮かんでいる水の泡は、一方では形が消えてなくなり一方では形ができたりして、長い間そのままの状態でとどまっている例はない。
この世に生きている人と、その人たちが住む場所とは、またこの流れと泡のようである。
これからは私の身の回りに「無常」を感じる出来事が、次々に降りかかってくるような気がしています😢。
そうした中で、気分を晴れやかにしてくれる出来事が、時折織り交ぜられてくれることを願うばかりです。