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団塊おんじ 人生100年時代を行く!

長く生きるかではなく、どう生きるかの試行錯誤録

言葉は無力?

先日「おらおらでひとりいぐも」の読後感想文を書きました。この著書は岩手県遠野市生まれの著者・若竹千佐子さんが身に着けた東北弁(岩手弁)で文章が綴られていましたが、同じ東北弁でも秋田弁で繰り広げられた熊谷達也氏による長編小説「邂逅(かいこう)の森」を思い出しました。

 

 2004年に第17回山本周五郎賞と第131回直木賞をダブル受賞した作品です。
大正から昭和初期にかけて、秋田県阿仁町打当に生まれたマタギ・松橋富治の波乱の人生を描いています。自然に対する畏敬の念をテーマとしています。

 

主人公のマタギが雪深い山中、自然と同化して殺気を殺し、獲物に近づくために潜んでいる様子が、読むものを引き込んでいきます。読者はそんな研ぎ澄まれた感じを味わうことができます。邂逅とは、思いがけない出会いという意味です。地主の娘との恋、娼妓との結婚、鉱山夫での師弟関係、マタギ仲間、そして、山の神。マタギの潮時の見極めてとして臨んだ狩猟。遭遇した狡猾な熊との対峙に、思わず息を呑みました。

 

 もう随分前になってしまいましたが、久しぶりに魂を揺さぶられるような内容の作品に衝撃を受けたのを覚えています。その後、舞台となった「マタギの里」秋田県阿仁町を一度訪れてみたいと思いつつ、あっという間に10数年経ってしまいました。

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著者の熊谷達也さんは、東日本大震災発生直後にかつて中学教師時代に過ごした気仙沼を訪れました。
ガレキが山積みとなった市街地を見て、作家としての自信が揺らいだと言います。
「言葉って無力だなと思いました。この現実を前にして何が書けるの?」と述べています。

 

 しかししばらく時が経った後に、出版社の方にも「震災前の気仙沼を知っている作家は熊谷さん以外にはいない」と諭されて、思い直しました。
そして「元のまち、元の人たちの暮らし、これを書かずに作家をやめるわけにはいかない」と決断し、震災が発生した2年後(2013年)に、震災前の気仙沼をモデルにした港町を舞台にした「リアスの子」を発表します。

 

今日は東日本大震災が起きて7年が経つ節目の日です。